2015年3月12日木曜日

2011・3・11 I pray

一日遅れのRIP。

3/11 横須賀市ヴェルクよこすかにて食品衛生責任者講習会に参加。

 進めていこうとしている生業の一つに「メディカルハーブティーブレンドサービス」があります。実は特にハーブティーブレンドぐらいならそこまでの事はしなくてもいいと言われましたが(保健所にて確認済)(※1)、食品を取り扱う事には変わらないという考えと将来的になりゆきでティーサービスをする場合には必要になりますので講習会に参加しました。

こういう講習会ですから、テキスト流し読みで最後に証書を渡すのが通例。
それでも、公衆衛生は接客業にとっては疎かにすれば命取りな事です。古くはヒ素入り粉ミルクによる事故、水銀中毒の水俣病、カドミウムのイタイイタイ病、BSD問題、鳥インフルエンザ、雪印乳業の問題(一度廃業して現在は雪印メグミルク)、牛生レバーによる食中毒事件(提供した店は廃業)、最近はマクドナルド異物事件等、食物に関する不祥事は生命をも奪いかねない事が事実からわかります。


講義をそれなりに集中していましたが、あの時間に近づくと願わずにはいられませんでした。

2011・3・11・14:46

講習中という中では不謹慎でしたが、暫し亡くなった方達のためにただ願い祈りました。


4年前は横浜の会社で勤務中で地震にあいました。会社は2階にありましたがかなり揺れて、近くの電柱が異常に左右に振動しており、「これは尋常ではない地震だ」と。
それでも、余震があるとしても震源が東北地方だから電車は止まらないと考えていました。
が、電車は次々と運行中止。夕食こそ近くで食べることができましたが、家に帰ろうとしても地下鉄も動かずの状態ではどうしようもなかったので、徒歩で横浜駅までとりあえず行きました。
せめて京急は動くだろうと思っていましたが、京急も運行中止・・・
横浜駅は帰宅困難者で一杯。近くのホテルも恐らく満室と思い、帰宅困難者はパシフィコ
横浜の臨時収容所に向かう人もいました。

私は、今もそうですが行動するバカなので(笑)徒歩で桜木町まで移動して出来るだけ南まで行こうと思い、バスはなんとか動いていましたが、超混雑状態。その状態で大船駅まで到着してこれ以上は移動できない時間でしたので、運良く運営していたマンガ喫茶で一夜を過ごしました。確かずっと起きてマンガを読んでいたと思います。

普通なら眠くなりますが、私はその時はうつ病治療中で睡眠薬なしでは眠れない体になってましたから、PCのブラウザ経由で地震情報を観ながら黙々とマンガを見ていました。

翌朝、駅で8時過ぎまで逗子行の電車を待ち、逗子でようやくの朝食を摂り、既に動いていた京急に新逗子駅から乗って自宅まで無事到着しました。
その時に普通に食料の調達はできましたので、いつもの買い物という感じでしたが、既に買いだめをする人がいて食料が無くなったという話が後でわかりました。
運が良かったという訳かもしれません。


あれから4年、あの自粛ムードも東電バッシングも、絆だぁとか言って感傷的アジテーションも既に昔話にしている。あれ程ヒステリックな反原発脳の方々もフェードアウト。
でも、それから色々と隠していた虚飾が剥がれてきました。
当時の政権担当であったミンス、民主党は大敗し退廃。マスコミの信用も既に地に落ち。
すっかり日本人は無関心病になってしまいました。

という私も、今ではTVを捨て新聞は購読せずゴシップにはシカト、ちょこっと政治の話には関心あった点もありましたが、信用していた奴がお金の問題の不始末で啀み合い。
すっかり白けました、もう勝手にしろという感じです。

2011・3・11
沢山の人々が亡くなった悲しみと、自然を未だに軽視している人間に対しての傲慢さに対する怒りはいまだ私の心の中にはあります。

だからかもしれません。私が田舎に移住して生きて色々学びたいと思ったのは。
だからかもしれません。経験と収入を捨ててまで生業に生きる事を選んだのは。
だからかもしれません。私がこの地球の声を聞き、その答えをアートとして出したいと思ったのは。
だからかもしれません。誰よりも己の存在意義を欲していると感じているのは。


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