2013年7月23日火曜日

竹林はるか遠く

これは読んだばかりの本のタイトルです。

正直毒気を抜かれました。
この本についてガヤガヤ騒いでる輩は、どういう了見で騒いでるのか私には分かりませんでした。

軽く紹介しますと、この本は著者である川島擁子さんが終戦直後朝鮮にいた時の事を書いた体験談でもあり、生きることの難しさが書かれている良書であります。

詳しい内容は是非買って読んでくださいまし。
終戦記念日も近いので、戦争というものが人間をどういう風にしていくのか戦地ではどういう風になっていたのかがわかるかと思います。

正直人間の残虐さが描かれている部分もありますが、人間の逞しさや人を助けるために己のいのちをかけた情愛も描かれています。

先の文で毒気を抜かれたと書いたのは、著者の兄が助けられた所の話があった部分です。
助けたのは地元の朝鮮人の人でした。ただそれが当時統治していた共産軍・共産ゲリラに知られると助けた彼らも処刑されます。それだけ危険な状況にもかかわらず朝鮮人の人は瀕死の状態の彼を助けたのです。それどころか彼にどうか家族になってくれと言って引きとめようとしました。
反日で騒いでる輩である朝鮮人からは想像しがたい情愛の深い人に著者の兄は助けられました。
まさしく朝鮮人にとって以上に人間として誇りのある行動ではないでしょうか。

私はこのくだりから思うに、確かに日本人と違い荒っぽい一面がありますが、日本人以上に情愛深い民族でもあるかなと。なぜそういう一面を良点として生かすことができないのか不可解です。
実際に著者の兄は朝鮮人の家族に命を助けられました。憎いはずの日本人を助けました。

では、今の朝鮮人にどれくらいこれだけの情愛のある人がいるのであろうか。
少なくとも声の大きい朝鮮人からはこれだけの情愛のある人にはあったことはありません。

だから私は却って悲しくなりました。むしろ残虐非道な様相が描かれていた方が変に納得できます。ネットに流れている朝鮮人のイメージがそれだけ非人間的と思い込まれるのが今の日本人にとっては当然かと思います。
だから私は悲しいのです。こういう情愛を持った朝鮮人までもが画一的に非難されているのが理不尽です。

でも、それを作り出したのは声の大きかった朝鮮人自身でしょう。反日教育というお題目で日本人を非難し続けている状況がどれだけ愚かな事かと。
だから声の小さき朝鮮人達は恐らく反日の被害者でしょう。日本人以上に生きた心地がしなのではないでしょうか。
そして声の小さき朝鮮人は本当はこう言いたいのでしょう。

「お前らいい加減にしろ、この馬鹿共が。」

この本を読んで私は、声の小さき人達を救える道を見つけたいと思いました。

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